19NOV18 pt.2
ふと思ったこと。
聖書の黙示録のラオディキア教会宛に書かれる手紙に「あなたたちは熱くも冷たくもない。どっちかであってほしい」という内容が書かれている。
これは象徴的に書かれていることと思うので、実際に昔ラオディキア教会宛に書かれたのかは知らない。(そこまでは今は調べない)
思ったこととは、この教会へのメッセージを読んで「これっておれらじゃん!やべえ!」と奮起して悔い改めて神さまに立ち返った教会が、この二千年の間にどれくらいあって、どういう風に神さまに立ち返ったんだろう〜と。すごく気になった。
あ、二千年というと長すぎるので、80年代以降を知りたいw
もちろん、ある特定の教会の立ち返るパターンを知って、それを別の教会にそのまま適用できるとは思わない。
けど、仮に今後体温くらいの教会や集まりに遭遇したときにその教会とどう歩めばいいのかの手掛かりにはなると思う。
ま、働かれるのは霊であって、ぼくたちではないが。
温度を上下させる基準は何かという疑問も出てくると思う。
・毎週教会に行く・つつがなく奉仕をする・平日に祈り会や学び会をする・毎日聖書を読む・毎日祈る・解説書を読む・集会に行く etc.
↑のどれかまたは全部をすればOKなのか、それとも他に何かあるのかは個人が祈り問うてみる必要があると思う。
もちろん自戒としてもそう思う。
余談だけど、ちょー冷めてる教会はどうなるのかも気になるw
気になった止まりで恐縮ですが。。
終わり。